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2004.08.19

2004-08-19 オリンピック

オリンピックは大好き。「世界選手権も重視しろよ」とか言ってみることもあるが、自分自身、オリンピックに特別な価値を感じているのはたしか。 

北島の金メダル、またまた見逃がしてしまった、TVはついていたにもかかわらず。女子200m平泳ぎ準決勝かなにかが終ったあと、アナウンサーが、きわめて冷静に「今日最初の決勝種目では北島選手がふたつめの金を…」とかいうではないか。アリャ。見られなかったは残念な気はするが、当然ビデオは何度もやるし、勝ったのだかは文句もないし安心。逆に負けたとしたら、「見なくてよかった」ということだから、なんだ、見なくていいじゃん。

国民栄誉賞はどうなるのかな? 4年前、高橋尚子がもらって、ヤワラちゃんがもらえなくて話題になったけど、2連続金メダルだから今年こそ、という話も。しかし、それなら3連続の野村は? 2個同時の北島は? ぼくの意見は「誰にもあげなくてよい」だな。王や衣笠は20年くらいやった結果だし、柔道の山下(もらったよね?)も永年のチャンピオン。ヤワラちゃんもすそうだけど、柔道の強い人が出るたびにあげなくてもよい。その意味では、高橋尚子にあげたのが違うと思うんだけどなぁ。

そうそう、ついでに書いちゃうけど柔道やレスリングみたいに体重で分けた競技って、正直なところ感動は薄い。だって「世界一強い」といっても、1階級上の人とやれば負けちゃうんだから。同じ人間、同じ性別でも。「無差別だと体重の重い方が有利だから」ということでこうなっているのはわかっているけど、「身長別のバレーボール」を想像するだけでつまらなそうでしょ。(その昔に「身長別バスケ」があったとか) 最近は、ボート競技にも「軽量級」というのがあるけど、これを見ると実態が明らかになります。 同じボートの競技で「軽量級」と「通常(無差別)」があったら、みんなほどう思うか? 通常の金メダルと軽量級の金メダルを同じ重みとは考えないでしょう。その点柔道はどうだろう。「重量級の方が強い」という感覚はあるものの、野村や谷の金メダルと井上康正の金メダルの価値に差をつける人は少ないだろう。それだけ「体重別」という考え方が浸透している、ということでこれはこれでよいことだと思う。

ただ、みんなの心の奥のどこかには「体重別」であることへのひっかかりがあるのではないか。だから、無差別のマラソン金メダルの高橋尚子が国民栄誉賞だったのではないか、と秘かに(じゃないか)思うのである。

そうそう、ついでにいうと、水泳の「100と200の2冠」というのもちょっとインチキくさい。「日本人で初めて」と言っていたけど、それもそのはず、東京オリンピックの頃は、オリンピックでは自由型以外、100か200どちらかしかなかったんだから。要するにメダルのインフレ化ということ。50メートル種目なんて、その極致だね。
北島が世界選手権で2冠とった時に「平泳ぎの100と200の違いは、陸上でいえば100と800ほどの違い」なんて言っている人がいたけど、ホントかよ。北島以外にも、2冠はともかく「両方で決勝に残る」ひとはたくさんいたけど、陸上の100と800でそれができた人がいるのかい? 岩崎恭子さんは「陸上の100と400」と言っていたから、まだマシだけど、それだってマイケル・ジョンソンくらいだぞ。 「陸上の200と400」とか「5000と1万」くらいがいいんじゃないかな。


August 19, 2004 at 09:43 AM in 日記・コラム・つぶやき |

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