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2004.08.17

[チンダル] 水の神秘?

John Tyndallの"Heat: considered as a mode of motion"
Royal Institutionでのレクチャーの記録に形になっているので、語りかけるような調子であるが、読んでいて非常に親切な文章である。全訳を決意して、まずはあちこち読みはじめた。
さて、今日読んで感動したのは、

Lecture 3 (pp 94-95)で、〈水が凍ると体積が増えること〉に関するところ。「もし水が(他の物質と同じように)凍ると重くなるのだったら、湖は底まで凍ってしまい、水中の生き物はみな死んでしまうだろう」という話のあとにこんなことを書いている。


こうした事実が人の心をうつのはごく自然なことである。実際、「生命と、その状態との関係」すなわち、自然界の目的のための手段を広く受入れること、は哲学者にとっての最も深遠な興味をかきたてるのである。しかしながら自然現象に接する時、「感情」には十分に注意しておく必要がある。なぜならば感情は、しばしば「事実」の境界を無意識のうちに踏み外す危険をはらんでいるからである。 たとえば、水のこのような素晴らしい性質について、「(神による)デザインの否定しようのない証拠」「他に類をみない」「真の善行を示唆するもの」などに関連づける人がいると聞いているからである。
「もし自然がそれ自身を守るためでなかったとしたら、なぜ?水だけが唯一際立っているのか」 しかし現実は、水のこうした性質は「唯一ではない」のである。この首の曲がった鉄製のビンを見てほしい。こうして、ハンマーで割ってみると中から金属の魂がでてくる。これはビスマスという金属で、溶かして液体の状態でこのビンに流し入れてネジでフタをしたものです。水の時と全く同様にです。金属は冷えて固まり、膨張し、この膨張の力はビンを壊すのに十分でした。 ここには「救うべき魚」はいません、それでも「溶けたビスマス」は「水」と全く同じようにふるまいます。はっきりと申しあげますと、自然哲学者(natural philosopher)というものは、「目的」や「デザイン」とは何のかかわりもありません。その使命は、「自然とは何か?」を追求することであって、「なぜ自然は?」ではありません。しかし、それでも、他の人たちと同様に、あるいはそれ以上に、時には、研究したことが何の手がかりもならないような最終の解に向かって、自分が住む神秘の中を夢中でさまようこともあるにちがいありません。

長くなってしまいました。まだまだ訳にも工夫がいるなぁ。
つまりは「水の特別な性質」を「神」に結びつけて考える人たちが多かったんですね、この頃から。(この頃だからか)
それをティンダルは早々にやっつけるのですが、ビスマス(水以外で〈固体になると膨張する〉珍らしい物質)で実際してみせているところが何ともスゴイ。

August 17, 2004 at 10:42 AM in 趣味 |

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