「細木数子妖しき大殺界の女王」 日垣隆
『文藝春秋』2004/11月号に載った日垣隆氏による「細木数子解剖」。
この記事を書くにあたって、最後にどうしても本人を取材したいと思って申し込んだが断われ続けて
「むしろ会わない方が書きやすい」と意地の悪いことを
細木事務所に伝えた直後「会いましょう」ということになった。
ということになったそうです。
14ページにわたる記事の内容を要約することは、ぼくにはとてもできないので感想だけにします。
「面白かったけど、なんか物足りない」
うーん、どうしてだろう。細木占いが科学的にどうのこうの、というところは、「今さら言ってもなぁ」とぼくも思うので、日垣さんがそこに重点をおかないことはまあ当然かもしれないのに、それを期待してたのかな。
「予言が当たった」とされていることが、いかにインチキ(というか、「誰にでも当てられる」)であるかということをピシッと指摘しているし、押えるべきところは押えていると思うのだけど、若くして店を持ったり、ダマされたりしながらのし上がっていくところを読んでいると、「占いを憎んで人を憎まず」じゃないけど、不本意ながらも「案外いい人なんじゃない?」という気になってしまうんだよね。
・・・と不思議な感覚を得たんだけど、考えてみると「オカルト批判」の文章というのは、もともと「批判的」な人たちは、楽しく、気持ち良く読めるけど、オカルトな人にとっては、読むに耐えたい(であろう)ものが多いでしょう。そもそもオカルト好きの人は読まないかもしれない。でも、文春のような本に載れば、その手の人も読む可能性が高い。
「アンチ細木」「アンチ占い」のトーンで書くと、本来読んで欲しい(とぼくが思っているような)人たちからは反発を食うだろうから、こうして、微妙に「細木のすごさ」を示しながら、要所要所で「インチキ」を暴くのはよい作戦なのかもしれません。
細木にしても、『水からの伝言』の江本にしても、〈大量に出回っている〉こと自体が問題なので、(マイナーなものではなくて)こういうのを批判することには理由があるのたけど、なんとなく「あんなのがどうして儲けてるんだろ」という「ひがみ」がないかと言われると、自身はないね。
October 11, 2004 at 12:18 PM in 書籍・雑誌 | Permalink
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