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2004.12.28

『悪魔の辞典』とチンダル

悪魔の辞典』 アンブローズ・ビアス著 という本があります。どんな本かを説明するのは難しいので、Googleしていただくとして、ちょっとビックリした発見がありました。


ぼくが、何度もここで紹介したり引用したりしている1800年代のイギリスの科学者ジョン・チンダル(John Tyndall)が、『悪魔の辞典』に登場していたのです。それも、ぼくが全訳しようかと思うほど気に入っている本『Heat as a mode of motion』が題材になっています。

HEAT [熱] という項目(訳は http://www005.upp.so-net.ne.jp/kareha/trans/dd_h.htm から)

Heat, says Professor Tyndall, is a mode   Of motion, but I know not how he's proving His point; but this I know -- hot words bestowed   With skill will set the human fist a-moving, And where it stops the stars burn free and wild. Crede expertum -- I have seen them, child.

  熱とは運動、チンダル教授はそう言っている
私は知らない、証明するにはどうすれば?
でも知っている、燃えるような激しい言葉
巧みに使えば人の拳を動かすことを
拳の動く先、燃えるように飛びかう星々を
  経験者を信じよ――そうだよ子ども、私は見たことがある

Gorton Swope

チンダルさんが「熱とはものの動きのひとつの形態(mode)だよ」ということをうたったのが
"Heat as a Mode of Motion"なのですが、これが悪魔の辞典のHeat(熱)の項に採用され
たのは、どうしてなのか? 当時、チンダルが流行っていたのか、ビアスが科学が好き
だったのか。

December 28, 2004 at 02:49 PM in 科学 | | Comments (3) | TrackBack (3)

2004.12.24

水分子100億倍風船

電動ブロワーで10分位膨らませたところ。明日は広いところでもっと膨らませます。p041224_1616.jpg

December 24, 2004 at 04:22 PM | | Comments (3) | TrackBack (2)

大道仮説実験ワークショップ in 淡路島に行ってきます + ストローエビ

初めて淡路島に行きます、今日の10:50の「のぞみ」で新神戸まで行ってから高速バス。
目的は「大道仮説実験ワークシヨップ」参加。会期は25土、26日ですが、スタッフのはしくれとして前日から乗り込みます。
(パソコンは持っていかないので、しばらく更新できません。 ←←そうでなくても大して更新してませんが)

この年末最後の週末に淡路島まで時間とお金を使って集まってくる人たちが130人ほどもいるのはなんとも嬉しくなる話です。「豊かな時代」を実感します。

ebiぼくの出番はあまりないのですが、「ストローエビ」というものを紹介してきます。
ストローエビは、2004年8月の仮説実験授業研究会長浜大会で、愛知県の斉藤裕子さんが紹介してくださったものです。その時の資料「ストローエビ物語 -ストロー1本とはさみのなせる技-」によると、ストローエビの考案者は、豊橋市在住の水谷十三朗さん。水谷さんは73歳で、宮大工さんだったそうです。
(考案者は別にいるとのお話を、この記事へのコメントとしていただきました。2005-01-02)

ストローエビ考案のきっかけは、アフリカ原住民が葉っぱで編んでいた魚やエビだそうだ。タイでも同じものを目にしたとか。材料としてはシュロの葉がいいのだそうだが、今は簡単に手に入らないので、それに変わるものとしてストローを利用したそうだ。このアイデアがすごい。ストローも曲がるストローでなければならない。曲がるストローの蛇腹の部分をとてもうまく利用している。基本はエビ。これをマスターすると、恐竜、バッタ、金魚などいろいろアレンジして楽しめる。

こんな本も出ています。

当銀美奈子著『キッチンから生まれたプラスチックの宝もの サイエンスクラフト』(日本ヴォーグ社)
 ストロー細工だけでなく、キッチンにあるいろいろなプラスチック廃物などを使った工作が紹介されています。ストローエビの作り方はこの本に出ています。

当銀美奈子著『親子で作る ストロー細工 どうぶつたち』(日本ヴォーグ社)
 エビに続く中・上級編ともいえる本です。

当銀さんがかかわっている「オンライン自然科学教育ネットワーク」のホームページの中のWeb版 親子で作るストロー細工 どうぶつたち に解説があります。

December 24, 2004 at 07:58 AM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (10) | TrackBack (0)

2004.12.23

放射熱を感じる

10月に「コーヒーカップよりもステンレスカップの方が冷めにくい(らしい)」という話を書きました。(「熱しやすく冷めやすい」
そちらの追試もしなくてはいけないのだけど、最近は「放射率の違い」を肌で感じる仕組みに凝っています。(「放射熱」よりも「輻射(ふくしゃ)熱」という言葉の方がなじみのある人もいると思います。漢字制限で変わったのか今は「放射」の方をよく見かけます。「輻」の字はたしか「車のスポーク」にあたるもののことだから、まわりじゅうに放たれている感じがでています。英語のradiationもradius(直径)と同系だろうから同じような話)

熱の伝わり方のうちで「伝導」と「対流」と比べると「放射(輻射)」は、いかにもわかりにくいと感じていたのですか、考えてみれば太陽からの熱がそうやって来ているわけで、もうちょっとわかってもいいなと思った次第です。

こんな道具を作ってみました。
041208_001041208_002

アルミダイキャストの箱の面を、
1.そのまま
2.アルミ箔を貼る
3.塗料で黒く塗る
4.フェルトを貼る
という処理をしたものです。

この中に熱湯を注いで、それぞれの面の近くがどうなるかを調べようというものです。
フェルトはともかく他の面の温度はほぼ同じになると考えられるので、何か違いがあるとすれば、表面の性質によるだろうということ。

答えを先に言ってしまうと、黒く塗った面とフェルトを貼った面に「手」を近づけると2センチくらいの距離から「暖かさ」を感じるのに対して、アルミそのままやアルミ箔の面はギリギリまで近づけないと暖かさを感じません。これは「アルミの方が放射率が低いから」と言ってしまえばそれだけのことなのですが、結構ビックリしました。

放射温度計を使う時にこの「放射率」が問題になります。金属は放射率が低いのでそのまま測ると正しい値がでません。〈金属そのものの温度を測りたい〉という目的からすると、単に「測定上の注意」ということなのですが、「放射率が低い」ということの本質は何かといえば「熱を放出しにくい」ということでしょう。つまり同じ温度の容器であっても金属面の部分からはあまり熱が出てこない。(だから「冷めにくい」という話が前に書いた日記です)

人に見せる実験としては「手で感じる」のがベストかもしれませんが、大勢の人に見せるためには、「黒い面の前に持っていくとパッと動く」ようなメーターとかランプが欲しいところです。デジタル温度計のプローブを置いても反応が鈍くてダメ。コーンを付けたり、プローブの先に何か付けたりしてもダメでした。中村理科工業の店長さんに「熱電対をそのまま使ったらどうか」と助言をいただきました。 実は、この実験は1860年頃にジョン・チンダルがRoyal Instituteで見せたものをマネしているのですが、その時の「熱検知器」がThermo electric pileと呼ばれるもので、まさに熱電対なのでした。 工作も電気も苦手な私としては、熱電対使ったセンサーを作ることもままならず、まだ何か楽な方法がないか探索中です。

さて、箱の4つの面を「放射温度計」で測ってみるとどうなるでしょう。ちゃんと記録していなかったのですが、

1.そのまま・・・・・・・35度
2.アルミ箔を貼る・・・28度
3.塗料で黒く塗る・・・71度
4.フェルトを貼る・・・・・68度

という感じになりました。(あくまでも「ざっと」です)
「1」の面はアルミダイキャストをピカールで磨いたのですが、アルミ箔よりも放射率は高い(反射率が低い)ようですが、ともあれ「金属」と「それ以外」の差は大きく出ました。「面の温度」そのものは、ほぼ同じはずなので、測定結果だけを見ると「放射温度計ではうまく測れない」ということになってしまうのですが、これは測定の問題とうよりも、「面の近くの点が受ける熱線の量」と考えれば、まさにそのままの値が出ているのですから、「アルミの近くは暖くないが、塗料の面の近くは暖かい」ということを示しているともいえます。

その意味で放射温度計は「放射熱の違いを示す道具」として最適なのかもしれませんが、いかんせん「直感的」とはいいがたいので、チンダル先生のような「原始的計測器」が欲しくなるのでした。
thermo
“Heat considered as A Mode of Motion:
being A COURSE OF TWELVE LECTURES
delivered at THE ROYAL INSTITUTION OF GREAT BRITAIN
IN THE SEASON OF 1862”
by John Tyndall

December 23, 2004 at 02:42 PM in 科学 | | Comments (11) | TrackBack (0)

2004.12.18

トナカイの名前と「赤鼻のトナカイ」私家訳版

《以下は、1年前に(ココログ移行前の)日記に書いたものです》

日本語では「赤鼻のトナカイ」という題名で、歌詞にもトナカイの名前はでてこないので、「え、トナカイに名前がついてるの?」という「プチ・ヘェー」にすらなるのだけど、原題は、
'Rudolph the Red nosed Reindeer'
なので、あちらの人にとっては「赤鼻トナカイの名前がルドルフ」であることは自明。 さらには、出だしの部分のセリフ?で以下のように8頭のトナカイの名前が出てくる。

You know Dasher and Dancer and Prancer and Vixen,
Comet and Cupid and Donner and Blitzen
But, do you recall,
The most famous reindeer of all?

最後から2番目の Donner が「実はDonderだ」説もあって、
また奥が深いのだけど、それはおいとくとして、もうひとつ
日本語版との違いを考えてみます。

作曲・作詞:Johnny Marks
日本語詞:新田宣夫 

真っ赤なお鼻のトナカイさんは
いつもみんなの笑いもの

Rudolph, the red-nosed reindeer
Had a very shiny nose.
And if you ever saw it
You would even say it glows.

All of the other reindeer
Used to laugh and call him names
They never let poor Rudolph
Join in any reindeer games.

後半は、メロディーとしては日本語版では次の段になるのだけど、ルドルフは「笑い者」になるだけではなくて「仲間外れ」にされていたのです。

でもその年のクリスマスの日
サンタのおじさんは言いました
「暗い夜道は、ピカピカの
 お前の鼻が役に立つのさ」

Then one foggy Christmas eve
Santa came to say,
"Rudolph with your nose so bright,
Won't you guide my sleigh tonight?

(「その年」っていつだろ?)
原文では 「役に立つ」とは言ってないけど、「案内してくれ」と言っているからまあ同じことか。

Then how the reindeer loved him
As they shouted out with glee,
"Rudolph, the red-nosed reindeer,
You'll go down in history!

いつも泣いてたトナカイさんは
こよいこそはと喜びました

ルドルフが「いつも泣いてた」という話は聞いてないし、喜んだのはどちらかというと「他のトナカイたち」なんだけど、ルドルフがサンタに認められたとなるとすぐに態度を変えて「歴史に残る」とまで言ってしまったトナカイたちのことを
言うには日本語は冗長すぎたんでしょうか。

では最後に、
「歌える対訳『赤鼻トナカイ・ルドルフ』」をどうぞ。

December 18, 2004 at 11:39 PM | | Comments (7) | TrackBack (0)

2004.12.11

感じるのはどちら?

放射温度計を持ち歩いていることもあって、モノの温度が気になります。
顔面の温度が外気の温度によって大きく変わることがわかったし、耳たぶは実際冷たくて、「やけどした時に触る」のは根拠のないことではなかったこともわかりました。

ところで、指で冷たいものに触れると「ああ冷たいな」と感じます。
これは指には限らなくて、耳に何かをあてれば「冷たい」とか「暖かい」とか感じます。
あたり前。
では、「指」で「耳」をさわるとどうでしょう。どちらも自分の体ですが、指より耳の方が冷た
ければ「冷たい」と感じるのが普通のようです。耳が主体となって「この指は暖い」と感じ
る人はいないと思います。

では、左右の指同志を触れさせたらどうなのでしょうか? 同じ温度ではわからないから
例えば右の人差し指を冷たくしておいて、左の人差し指と触れあわせたら、果して
「冷たい」と感じるのか「暖い」と感じるのか、それとも同時に両方を感じるのか。

これからやってみようと思いますが、みなさんどう思いますか?

December 11, 2004 at 11:20 PM in 科学 | | Comments (0) | TrackBack (1)

2004.12.08

『だます心 だまされる心』 NHK教育

NHK人間講座
 『だます心 だまされる心』(新)(全8回)

[講 師] 安斎育郎 (立命館大学教授)

本放送:12月 8日(水)~(毎週水曜夜)
     午後10:25~10:50
再放送:12月15日(水)~(毎週水曜早朝)
     午前5:05 ~5:30
再々放送:1月14日(金)~(かなり先の金曜早朝)
     午前2:00 ~2:25

Japan Skepticsの会長でもある安斎さんがNHKに8回にわたって出演。
こういうスケプティックものをNHKがやろうと思ったところがエライ。
「NHK京都制作」ということで、安斎さんの地元。

今日の第一回をちょっとだけ見たら(録画はしてます)バーのカウンターに立って、手品師風の格好をしてしゃべっていました。

(各回の内容)
12/ 8 第1回 「トリック~人為的な不思議現象にはタネがある」
12/15 第2回 「文学・芸術の中の“だまし”~ユーモア溢(あふ)れるウソ」
12/22 第3回 「霊とカリスマの世界」
12/29 第4回 「実生活に潜む“だまし”~思い込みと欲得の落とし穴」
1/12 第5回 「“だまし”の社会現象~政策誘導のための“だまし”」
1/19 第6回 「自然界の“だまし”名人」
1/26 第7回 「迷惑な愉快犯たち」
2/ 2 第8回 「どうすればだまされないか?」

放送時間などは番組ホームページをご覧ください。

December 8, 2004 at 11:55 PM in 映画・テレビ | | Comments (2) | TrackBack (1)

2004.12.02

有益な勧誘はあるのか

書店での勧誘の話を書いていて思いだしたけど、迷惑勧誘の王様といえば「電話勧誘」。
ぼくは100%「悪」と思っているのだけど、娘(当時高校生)は「お父さんは冷たすぎる」と怒ります。
「折角教えてくれているんだから」というのです。

その時の話題は「学習塾の勧誘」だったの思うけど、そんなものはこちらが必要と思った時に探せば十分なのだから、電話で情報をもらう意味はないでしょう、というあたりで考え方が違ってました。今のようにインターネットで調べられればもちろん、その昔だって電話帳ででも何でも探すことはできます。問題なのは、かりに「自分で調べるより楽」だとしても、「むこうから売り込んできたもの」に乗ることの意味があるのか、ということです。

何しろ、ランダムに近い方法で電話をかけてくるのですから、「自分に丁度良いもの」であることを期待するのは無理だし、「あなただけの特典」とか言われても信じられません。友人が「丁度よく余っているから安く買わない?」というのとはわけが違います。(これはこれで危いけど)

飛び込み営業が役に立つことがあるとすれば「思いがけないものの発見」くらいでしょうか。「週末に温泉でもいかがてすか?」とか言ってくれると、「ああ、そんな手もあったか」と思って行動するかもしれないけど、「墓地はいかがですか」と言われてもね(あ、これは人によっては有益かも)。

学習塾のように「必要」かどうかは、こちらでわかるし、情報はいくらでも入手できるものについては勧誘は百害ってことですね。あ、もちろんぼくにとっては、ですよ。 

December 2, 2004 at 09:52 AM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (4) | TrackBack (1)

2004.12.01

紀伊国屋からの返事

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先日〈紀伊国屋で苦情を書いてきた話〉を書きましたが、今日返事が来ました。(クリックすると大きくなるので読めると思います)

「勧誘やめろ」と言ったら、


>また私共の実績にもつながっておりますので中止してしまう訳にも行かず、ご理解を賜りたいと思います

という答えというのも正直ですね。そりゃ、ぼくの投書ごときで中止するとも思ってないしね。

ともあれ、丁寧な返事で好感が持てました。もっととんでもないこと書く奴もいるだろうから大変でしょうね。
こうも質問をひとつづつ引用するように書いては回答されるとこちらが恥かしくなってくるね。作戦というわけでもないだろうけど。

投書してから10日間ほどたったところだから、まずは早い対応といえるでしょう。(質問の内容から急ぐものではないから)苦情用紙を投函するところに「回答をさしあげる」とちゃんと書いてあったのだけど、これは有効ですね。レストランなんかにある「お客様の声」とは大違い。 そりゃ回答するのは大変だろうけど、受付けっぱなしだったらやらない方がマシだからね。もしかしたら「返事が来る」と思うと、書く側はかえって無茶を書かなくなるのではないかな。まあ、返事を出さないのならいくら無茶なこと書かれても関係ないけど。

予定外ながら、紀伊国屋のトータルの印象にとってはプラスだったかな。

December 1, 2004 at 12:51 AM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (2) | TrackBack (0)