ジャーナリストの日垣隆さんのメルマガが、ほぼ週刊で送られてくるのですが、海外旅行中ということで、その回は「1987年に書いた原稿」というものでした。「<独学>と<内なる事件>」と題したその話の中には、「芥川賞作品を全部読んだ」時の話とか、松本清張が芥川賞をとった後で、様々な〈人格攻撃〉を受けた話などに混じって、「教育」の話題が書かれていました。(これが、松本清張の話と無関係というわけではなく、『断碑』という作品の主人公のモデルが、実は・・・、という話でうまく撃がっているのだ)
長野出身の藤森栄一という、学歴のないいわゆる「在野の考古学者」の話が紹介され、また、その藤森の先生である三沢勝衛という人の話がでてくる。
ところで、藤森栄一は中学校のときに三沢勝衛に地理を教わっている。この
三沢も中学を出ただけで苦学して教師になった人であるが、彼は授業の中でも、
身をもって「自分の仮説」を示し、その研究の仕方、また失敗の仕方を生徒と
ともに実地でやってみせるというホンモノの教師であった。教科書だけをやっ
ていたのでは、(いままでのところ)何がわかっていないのかがわからないし、
教科書に書かれていることだけが大切なことだなどというヒドイ錯覚に陥って
しまうことになりかねない。そうではなくて、自ら探究心をもって、何がわか
らないことなのかを見きわめつつ、その解明に乗り出す力を身につけることこ
そが肝要なのだという信念を、その日常の教育の中で実践していたのが、三沢
勝衛であったのだ。そしてまた藤森氏は、この中学(諏訪中学)で石川税とい
う歴史の先生に感化されて考古学に興味を抱いた、と書いている。この人は、
一年間の授業をほとんど古代史で終らせてしまうほどの熱の入れようであった
という。
「仮説」という言葉にまずは反応しました。もちろん「仮説実験授業」の話ではありませんが、生き生きとした授業風景が目に浮かびます。
日垣さんの文章は、この後「教科書批判」「デモシカ教師復活期待」などの話が続き、教育に関するこんな言葉が紹介されている。
ボクが教育学というのもオモシロイなと思ったのは、宗像誠也という人を通
じてであった。とりわけて今でも鮮明なのは、
「教育学が大切なのではなく教育が大切なのだ。教育学は教育のためにあるので
あって、教育が教育学、あるいは教育科学のためにあるのではない」
というセンテンスである(『宗像誠也教育学著作集』第一巻・青木書店)。
何しろ20年近く前に書かれ、まだ日垣氏が「読んでくれる人に無料で配り歩いていた」というものだそうで、今とはかなり調子は違う(違わない?)のだけど、とにかく面白かった。 仮説の知りあいには長野の先生がいるので、いつか三沢、藤森のことを聞いてみようかな、などと思っていました。
と思った翌々日に、ふだんは会うことのないその長野のKさんと高田馬場の仮説社で会うことができたので、ふたりのことを聞いてみたところ、もちろんご存じだった上に、三沢勝衛のことは、Mさん(仮説仲間)が詳しく研究していたというし、さらには、板倉さんの『かわりだねの科学者』に登場しているというではありませんか。早速仮説社にあったその本(売り物ですが)で確認。家に帰って早速読みはじめました。
三沢、藤森のふたりは、
第八章 渡辺敏と三沢勝衛と藤森栄一
として出てきます。この渡辺敏(わたなべ〈はやし〉と読みます)が、これまた信濃の生んだすごい人で、『一壜百験』という面白い実験書が仮説の会員によって「現代語訳」されるなど、この?世界では知られている人なので、ぼくも知っていましたが、三沢、藤森の話は初めて。はたして板倉さんがどう評価しているのか大変気になるところでした。読んだ結果は「絶讃」といっていいほどでした。板倉さんは、まず渡辺敏を調べつづけていて、その過程で三沢勝衛が一緒に書かれているのを見つけ、そしてそれを書いていたのが藤森栄一だったというわけです。この章のはじめに板倉さんは「タナボタ式研究法」の話をしているのですが、たしかにこの藤森栄一との出会いの話はその典型かもしれません。
順序が逆になりましたが『かわりだねの科学者たち』の序論に、板倉さんはこんなことを書いています。
ガリレイ、フランクリン、ランフォード、ファラデー、ジュールなど、欧米の有名な科学者の多くは、個性があふれていて、その伝記を読むだけで、「ああ、科学というのは、こういう自分自身の好奇心を大事にした民衆の中から生まれでたのだな」ということが感じられる。私はそういう科学者が好きだ
しかし、現代日本の科学者となると、どうも親しめない。「これがあの科学を生みだしたのと同一種類の科学者たちなのだろうか」と、ただただ唖然とする。その人たちの経歴を見ると、一流中学→一流高校→一流大学と順調に進学、卒業して、海外に留学し、一流大学の講師・助教授・教授となって定年を迎え、何でそんな研究をやったのかよくわからないが、なにしろその分野では日本の権威だといわれている--それだけのことである。現代の日本の科学者は、大衆的な伝記の対象にしようとしても、どうにもさまにならないのである。日本では官僚の伝記のほうが波欄にとんでいておもしろいぐらいである。
そんな中で、
しかし、私はとくにここ数年間、日本にも何人かの個性ある科学者、民衆と問題関心を共にするような生き生きとした何人かの科学者、かわりだねの科学者がいることを知ってうれしくなった。それらの科学者の場合でも、私は必ずしもその生き方を全面的に支持するわけではないが、ともかく日本の科学者のすべてがお役人的な専門家でないことを知ったことは、私にとって大きなよろこびであった。》
として、見つけることのできた「かわりだねの科学者たち」のことを書いた本、というわけです。
目次等は、仮説社のページ↓にあります。
http://www.kasetu.co.jp/book12014.html