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2005.08.11

学習意欲逓減の法則

2005-08-11現在Googleで「"学習意欲逓減の法則"」を(ダブルクォートで囲んで)引くと、1件も見つからなかったので、タイトルにしてみました。2日後くらいには、ここがひっかかるようになるでしょう。

「学習意欲逓減の法則」とは、板倉聖宣氏が提唱したもので、自ら編集代表をつとめる雑誌『たのしい授業』(仮説社)の創刊号(1973)の中に、

「学習意欲逓減(ていげん)の法則=教育が普及すればするほど学習意欲は低下する」

と書いています。

もともと学習意欲というものは先駆者意識,エリート意識によって大きく左右されざるを得ないのです。ですから,「学習意欲というものは、その事柄についての教育が普及し,学習の物質的条件がととのえばととのうほど〈必然的に〉低下する」という法則性に支配されているのです。(略)
 そのことを忘れて,ただやたらに昔のエリート教育の内容を大衆化しようとしても,それは学習意欲をおとろえさせ,授業を無気力なものにさせ,ついには生徒の反抗をよびおこすものにもなってしまうのです。(板倉聖宣『たのしい授業の思想』仮説社, 1988に収録)

以上は、中一夫『「学力低下」の真相(下)』『たのしい授業』2005.08から再引用したものです。中さんは東京の公立中学校の理科の教員ですが、様々な研究をしている中のひとつとして「学力」の問題を深く研究しています。

中さん、板倉さんが研究している「学力問題」は、大きな話なのでここでぼくが解説できるようなことではありませんが、「学習意欲逓減の法則」の部分だけについては、以前に板倉さんの本で知って以来,注目していたのです。

かつては、
・勉強して上の学校に行けばお金持ちになれる
・友人や親も知らない知識を得ることができる
などが「学習意欲」の元になっていたけれども、今は「親は大学を出ているけれども、そこで学んだことが役に立っているとは思えない」と子どもが感じているとすれば、単に勉強をすることやランクの高い学校に行くことが、学習意欲を高める要因にはなりそうもありません。

「学校で習ったことがたいして実生活の役に立たないらしい」という話は、子どもの頃から,おそらく誰でもが感じていたことだと思いますが、キチンと説明されたことはありません。「いつかは役に立つかもしれない」とか「とりえあず受験/単位取得に必要」ということでごまかされていたような気がします。

この法則で考えれば、「誰もが役に立つと思っていた頃のやり方」を、今でも続けているからそうなっている、ということかわかります。

「じゃあどうするんだ」といわれると、簡単にはいかないのだけど、
・あとで興味がでてきた時に勉強できるための
-基礎知識
-意欲
-相談できる人
を持つことではないでしょうか。はい、それをまた「どうやって」なのだけど、一般人のほくとしては、こんなことを考えているだけで気持ちはラクになってきます。

August 11, 2005 at 02:44 PM in 日記・コラム・つぶやき |

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Comments

のぶさん、

社会が豊かになることと学習に対する意欲が減ることには、私も似たようなことを漠然と考えていました。

ただ、巷間よく聞く「学校で習ったことがたいして実生活の役に立たないらしい」ってぇのは、少し考え方を変えなきゃイケないんではないか?と最近は思っています。

教える内容が「役に立つか否か」ではなく(もちろん、ソレも重要ではあるのですが)、教わった側が「役に立てるか否か」と考えるべきでは無いかと思うのです。「知識」ってぇのは言わば「道具」であって、学校の教育ではその道具の使い方を教えているのだと。道具を使うか否かは本人次第って考える方が健全ではないのかなぁと思っている次第です。

まぁ教育とは無縁のところに居る人間の無責任な考えかも知れませんけどね。

Posted by: 温泉カワセミ | Aug 14, 2005 7:58:15 PM

>温泉カワセミさん

 《教わった側「役に立てるか否か」を考える》 ごもっともです。 習ったことが「そのまま役に立つ」とは限らないということですよね。 であれば、教える側もそのあたりを意識して「ものの考え方」「調べ方」「聞き方」「そのための基礎学力」を教えるといいなぁ、と思います。

「今やっていることがそうなんだ」と言われちゃうと困るけど。

Posted by: のぶ | Aug 15, 2005 2:36:37 PM

のぶさん、

>「今やっていることがそうなんだ」と言われちゃうと困るけど。

ホントにそうなら困っちゃいますね。(^^;)

そう言えば「ものの考え方」と「そのための基礎学力」で思い出したことが一つ。

小学生の時、ガリレオ・ガリレイが落体の法則実証するために、ピサの斜塔から2つの球を落としてって逸話、2パターン聞いたんですわ。1つは「同じ大きさの鉄製と木製の球」でもう1つは「大きさの違う鉄製の球」でした。子供心にドッチがホンマやねんやろ?とは思てたんですが、自分の中では決着が付かずにいました。

ソレが高校になって、物理で万有引力とニュートン力学の三法則を習ったとき、ハタと気がつきました。
「ドッチも嘘やがな!」
ピサの斜塔からじゃ空気抵抗在るから、ドッチのパターンでも重たい方が先に落ちるはずなんですよねぇ。自分の中では、学校で習ってることも応用すれば色々役に立つんかなぁと言う認識が出来ました。

でも小学校の時の先生、誰も訂正してくれんかったよなぁ。そしたら、あんなに長いこと嘘信じんで済んだのに・・・

Posted by: 温泉カワセミ | Aug 16, 2005 11:56:44 PM

空気抵抗の件ですが、「思ったほどには効かない」というのはご存じですか。

ピンポン球と鉄球を10メートルの高さから落とすと、肉眼(耳)では区別できないくらいに「同時」に落ちます。

ビルの4階からやると、明らかに差はでました。

ピサの斜塔はかなり高いのですが、ピンポン球と鉄球ほどの空気抵抗の差がなければ、ほぼ同時に着くのかもしれませんよ。

しかし、実際には何の球を使ったのだろう。

Posted by: のぶ | Aug 17, 2005 9:13:23 AM

Googleで「ピサの斜塔 ガリレオ 鉄球」で引いてみました。

上から4件の内容は以下のとおり

1.鉄球と羽根
2.鉄球と木球
3.重さの違うもの。ただし、実際にはやらなかったらしい
4.やってないらしい

見事に違うなぁ。

全般的には「やっていない」がホントっぽいけど、「羽根」はウソくさいですよね。まさか、鉄球と羽根が「同時に落ちる」ことを見せたっていうのはないだろうね。イタリアは真空か。

Posted by: のぶ | Aug 17, 2005 9:20:33 AM

のぶさん、

仰るとおり、正解は「やってない」はずです。

実際の落体の法則は「同時に落ちる」を主張したのではなく、「落下速度は落下時間に比例する」or「落下距離は落下時間の二乗に比例する」を示したものなので、ソレを素人に判りやすく解説しようとした別の人間の創作であったはずです。(例えば↓)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%A4

まぁ素人騙すデモンストレーション実験(ハンズでよぉやってるような)なら判らんでもないですが、いくら昔とはいえ、いっぱしの科学者が、こんな条件のコントロールも出来ん実験やってるようじゃ、周りからつっこまれて終わりやし。

>イタリアは真空か。
あはははは、ピサの斜塔を巨大な密封ケースで覆って、巨大な真空ポンプで引いて・・・って、現代でも難しいですねぇ(笑)

Posted by: 温泉カワセミ | Aug 17, 2005 9:30:24 AM

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