心理学会80周年 祝辞(06-10-01)

ご紹介いただきました、高橋信夫でございます。

私の父の母、つまり祖母の高橋静が、勇次郎の娘にあたりますので、勇次郎は私の曾祖父、私は勇次郎の曾孫になります。

祖父の高橋穣(ゆたか)は、勇次郎門下で心理学者でしたが、父は物理学者で、私はつい最近までコンピューター会社に勤めるサラリーマンで、およそ心理学には縁遠い生活をしておりました。

その私がこのような席に呼んでいただけたのは、もちろん勇次郎の子孫だからではあります。しかし私自身、2年ほど前までは勇次郎が日本の心理学でそのような立場にあったことは知りませんでした。また、心理学会の方とのつながりも全くありませんでした。そこに、ふたつの偶然ともいえるできごとがありました。

ひとつ目の偶然は、ある日何となくテレビをつけていたら「元良勇次郎」という名前が聞こえたので、目をむけますと、放送大学の講座で、立命館大学の佐藤達哉さんが日本の心理学史の講義をされていたところでした。佐藤さんのことは血液型の話などで少し存じあげていたので、メールを差し上げ、勇次郎の写真をお送りしたりしました。その後、1回の放送全体で勇次郎を取りあげられた講義を、これも偶然見ることができ、自分の曾祖父のことを初めて詳しく知りました。

もうひとつ、これは偶然、とはいえないかもしれませんが、この4月、私が所属しているJapan Skepticsというニセ科学や超能力を批判する会の懇親会で、関西学院大学の中島さんや、信州大学の菊池さんとお会いした時に、話のタネとして、勇次郎のことをお話したことから、今日こちらに来させていただくことになりました。

そのJapan Skepticsに入った経緯ですが、10年年くらい前から認知科学に興味がありまして、あれこれ本を読んだり、中京大の三宅さんとところに読書会に行ったこともありました。認知科学や、認知心理学などの本を読むうちに、ニセ科学批判の興味にもつながり、Japan Skepticsにも入るきっかけになりました。

こうしてこの年になってから何かと心理学に縁ができてきたのも、どこかほんの少しでも勇次郎の血を引いているのかもしれません。私ごとですが、今年の4月に勤めをやめて、翻訳業と科学、科学教育にかかわることをしており、私にとっては大きな変化がありました。その同じ年に80周年というおめでたい席に参加させていただいたけたことは、「勇次郎が引きあわせた」とは、skepticの私としては申しあげられませんが、これをご縁に、もっと心理学に近づければ思います。特に、ニセ科学批判や科学教育の活動を進める上で、いろいろとお力を借りたいこともあるかと思いますので、その節は何卒よろしくお願いいたします。

簡単ではございますが、私からのお祝いの言葉に代えさせていただきます。
本日は、誠におめでとうございます。