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2008.02.18

公衆無線LANはすごい

せっかくAirを買ったので外でもネットを使いたい。イーモバイルは良さそうだけど滅多に使わない僕にはさすがに荷が重い。公衆無線LANなら、というわけでしらべたらYahooBBが月500円で使えるので入ってみた。マクドナルドとルノアール周辺。が、一度も使わないうちにもっといいサービスが見つかった。wireless gateというのだとYahooBBとlivedoorが両方使える。料金はちょっとややこしくて月額260円くらいのほかに、使った日にいくらかかって、その日は使い放題というもの。安いと思うが迷うところ。ところがヨドバシカメラと組んですごいサービスがあった。月380円で使い放題なのだ。ヨドバシ店頭でキャンペーン番号をもらう必要があるのだけど、店頭といってもヨドバシドットコムでもいい。

というわけで、近所のマクドナルドで書いてます。近所で使っても仕方ない、と思ったけど家のLANが不調のときとか、気分転換にもいいかも。

February 18, 2008 at 01:48 PM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (0)

2008.02.17

Windows on Air苦労記その2(願わくば解決編)

昨日の騒動の続きで電話認証。
もう慣れたのでさっさと電話のボタンを押したら、英語モードになってしまった。まあ、認証番号入れるためのガイダンスくらい英語でもいいが、その後のオペレータも英語になるのだろうか、などと思いながらまたまた60桁の数字をいれたところ、「同じコンピュータにインストールするのか」と聞かれたのでイエス(1)を押したらあっさりと認証されてしまった。ところでこの質問も英語だったのだろうが思い出せない。

インターネットでは認証されなかったのは、この「同じコンピューターか」を確認できなかったからだろうか。

という訳で、Parallelsの説明をするまでもなかった。

ほっとしてこんどはexcelを立ち上げたらまたまたきました認証が。やっぱりネットではだめでこちらは「制限回数を超えている」旨の表示。また電話。

60桁入れて「同じコンピュータか」聞かれたので、今回はNOと答える。デスクトップとノートの二台までつかえるのでこれは別のコンピューターだからね。(あとから考えたらBootcampとParallelsでだぶったのだから「同じコンピュータでよかったのだな)。

その結果、判定はアウトで、担当者と話すことに。深夜とは打って変わって、すぐにつながった。番号は「さっき入力した最初の6桁」をいうだけですんだ。昨日と違う。事情を話したところ、VMWareがどうのとかいわれてとまどったけど、Parallelsのことだったようで、無事番号を発行してくれた。

何とかこれで解決か。しかし、BootcampとParallelsを行き来するたびにこれが起きるという人もいたなあ。当分Bootcampは使わないつもりだからいいか。そのときはそのときだし、何度でも電話しますよ、僕は。

Parallelsは使えることがわかったので、お試し版から正式版にしよう。

February 17, 2008 at 04:30 PM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (0)

♪ディアゴスティーニ

あんなに出して、ちゃんと全号完結しているんだろか、とか思っていたディアゴスティーニのことを、先週(2/10)の「がっちりマンデー」でやっていた。 「地球の鉱物」の1号が36万部だか完売、というのにびっくり。100万部出るシリーズもあるとか、企画に1年以上かけるとか、プラモデルもオリジナルで 作るとか、鉱石も採掘するとか、いろいろびっくり。

妻に話したら、『地球の鉱物』を欲しがったが、もう売り切れでは仕方ない。近くの書店に「3号」は売っていたので、きのう新宿の本屋を見たら、な んと「1号」があった。390円。これも出会いということで購入。紀伊国屋に行ったら、1号も3号もたくさんあったが2号が品切れ。うーむ。その足でジュ ンク堂に行ったら、やはり1と3しかない…と思ったが、よくみたら上の棚に「2号」があるではないか。ケース付なので、デカイ。

妻は大喜び。

ちなみにこれは「全100巻」(予定)。隔週刊なので4年かかることになる。2巻以降は980円なので、計10万円。10万円出しては買うことは ないだろうけど、この荘大な分割払いのおかげで4年間楽しめそう。 定期購読もあるけど、「書店で中身を見て選ぶ」と妻は張り切っている。自然の物なの で、ひとつひとつ形状が違うのだ。

テレビではデザート作るようなのをCMしているな。

February 17, 2008 at 11:35 AM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (2)

Windows on Air苦労記その1

Macbook AirにBootcampでWindows XPをインストールしてから一日もたたないうちにParallelsのトライアル版をインストール。簡単にWindowsが動いたと思ったら認証画面がでた。そういう話は聞いていたのでいろいろ調べたところ電話で訳を話せば何とかなるとわかった。じゃあ朝になってから、とおもいつつ営業時間はいつかなと調べたら24時間やっているらしいのでかけてみる。

何度か話し中になってから60桁の番号を電話機から打ち込むと「認証できません」ということでオペレータを待つ。 「大変込み合っております」というメッセージが20回くらい流れた後人間が出る。さっき打ち込んだ番号をもう一度口で言う。はじめから電話で認証する人と同じ扱いなのだな。

これでだめなのはわかっているので「実はParallelで...」といおうとすると、思ってもみないことをいわれた。

現在XPの認証システムがメンテナンス中のため確認できない

とのこと。つまり、インターネット経由もだめということ。じゃあ「回数を超えている」とかいうメッセージがでたのはなんだったのか...

ともかく、多分明日には復旧するということで改めてやってほしいといわれた。

はじめから「現在XPはだめです」といってくれればいいのにね。まあいまどきXPの認証する人がどれほどいるのかわからないけど。

あしたまたやってみるけど、ウェブで読む限りは結局また電話になりそう。

February 17, 2008 at 12:41 AM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (3)

2008.02.13

不公平感というもの

「経済格差に不満があるか」という調査をしたら、日本人の83%が「不満」と答えたというニュースがあったので、それは格差じゃなくて「自分の経済状態」への不満じゃないのかなと思ったら、質問は、
「国民の間に豊かさが十分に公平に行き渡っていると思うか」
だそうなので、たしかにそれなら純粋に格差を聞いていることになる。

個人としては、人のことなどあまり気にしないと言ってもいいのだけど、「日本としてどうあるべきか」と問われれば、「問題がある」と答えたくなる気持ちもわからなくはない。それでも「不満」とは答えないだろうな、と思ったら、実際の選択肢は「全く公平ではない」(33%)と「あまり公平ではない」(50%)だというから、別に「不満」と言っているわけではなかった。
韓国では86%、 イタリアとポルトガルが84%、フランス78%、英国56%、米国52%だそうだから、「大して変わらない」という印象。

「Skeptic」マガジン主宰のMichael ShermerがScientific Americanに書いている「The Mind of the Market」によると、人類進化の歴史の99%は狩猟民族として、何十人か何百人かの集まりで暮していたので、われわれの心理は必ずしも現代社会をうまく判断できるように進化したわけではないそうだ。

その一例として挙げられているのが、最後通牒ゲーム(ultimatum game)というもの。
AさんとBさんのふたりで1万円を分ける。分け方はAさんがBさんに対して自由に提案できる。9:1でも5:5でも自由に決めてよいが、Bさんが拒否したら2人とも1円ももらえない。BさんがOKすればその通り分けられる。

Bさんにすれば、1000円だろうと1円だろうと「拒否(=ゼロ)」よりはマシなのだから、(0円以外)必ず承諾するのが「合理的判断」のはずだが、実験してみると、Bさんが承諾したときの平均値は「7対3」あたりに落ち着くらしい。Bさんの取り分が3割以下だと「不公平なくらいだったら何もいらない」という人が増えるということ。誰が「不公平」と言うのかといえば、心の中の「相互利他性」(reciprocal altruism)だと。こういう道徳心は脳にしっかりと組み込まれている(そうでない脳は生き抜けなかった)ようで、猿でもそんな習性を示すとか。

ちなみに、ぼくがBだったら1円でももらうが、Aだったらどうするだろう。などと考えているうちに、この「実験」というのが本当にお金をもらえるのか、単なる「ゲーム」だったのかが気になってきた。お金をやりとりをともなわないゲームでは本当のところはわからないのではないかと思う一方、お金をやりとりするとしても、現実にはそう簡単にはいかないだろう。Bさんはとりあえず7:3で手を打っておいて、あとでもっとくれと言うとか、Aさんは「あとのことを考えるとやっぱり半々だろうな」とか。ゲーム理論では結構有名な実験らしいから、そのあたりはいろいろ考慮されてはいるのだと思うけど。

同じくゲーム理論に「囚人のジレンマ」というのがあって、どうみても理不尽な行動が「合理的」ということになるのだけど、「1度きりの取り引き」で、その後恨まれたり後悔したり非難されたりすることが一切ないという前提は、現実にはありえないので、直感とは違うのだろうと思う。最後通牒ゲームにしても、そんの場面がリアルに起こるとしたら、金持ちの道楽で人を試すような場面くらいだから、これをもって「人の公平性に対する考え方」がわかるのかどうかは疑問。

ゲーム理論はともかく、公平を求める心が人間に組み込まれているのは確か。でも、そんなこと実験しなくてもわかるか。

February 13, 2008 at 03:23 PM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (0)