「先生」という呼び名
子どもの頃、「先生」〈と呼ぶべき人〉は、教師と医者だけだと教わった。議員などを「先生」と呼ぶのはヘンだという意味だったと思う。
教師の場合「先生」というのは、単なる呼称ではなく「職業の名称」だから別格である。
学校の教員に限らず自動車学校でもおけいこごとでも、家庭教師の学生でも、「教える」ことを専門としている限り(その期間中は)「先生」であり。「あの人は『お花の先生』だ」などと言える。
医者の場合は、「○○先生」と呼ぶけれども、職業として「○○さんは先生なんですよ」とは言わない。
教師、医者以外に、(ぼくは言わないけれど)世の中で「先生」と呼ばれる人たちといえば、議員と弁護士だろうと思っていたのだが、会社員時代に監査法人の人を「○○先生」と呼んでいるのを聞いて、ちょっとびっくりした。仕事を依頼して、こちらが金を払っているのだから、気を遣う必要もないと思うのだが、一応「敬意」の表れなのだろう。税理士、司法書士、会計士なども同じかもしれない。
小学館の『日本国語大事典』に詳しく載っていた。
1. 先に生まれた人。年長者。
2. 学芸に長じた人。学者。
3. 医師など、その道の専門家、指導的立場の者などを敬っていう語。
4. 師として教える人。現代では、特に、教育にたずさわる人、学校教員をいう。また、自分が指導を受けている、あるいは受けた師。教師。師匠。
5. からかうような気持で、他人をあなどっていう語。やっこさん。大将。
6. (代名詞的に、接尾語として)相手とする師や、教員、医師、議員などを尊敬して呼ぶ語。《後略》
見事な分類だと思う(それぞれに出典付きで例文が載っている)。
3と4を見ると「教師と医者」というぼくの用法にあっているのだが、よく見ると3には「敬って」がついているのに4にはない。たしかに、教師のことは、敬っていなくても「先生」と呼ぶかもしれない。
5で「やっこさん」「大将」と一緒にしているのが笑える。「あなどって」は、そうとは限らない気がするけれども、少なくとも「敬って」ではないことは確か。
3と6の区別はなかなか難しい。3の例文には、
「東桂さんといふ漢方の先生にきてもらったが」
というのがあって、つまり「呼びかけ」ではなく「肩書き」として使うことを指しているようである。3の定義には「医師など…」とあって、はっきりしないけれども「議員センセイ」は含まないのではないかと勝手に想像する。
教員が、お互いのことを「○○先生」と呼び合うことが非常に奇異に感じられることがある。生徒の前ならわかるが、教員室の中での話(もちろん「○○さん」と呼ぶこともある)。
歴史的には「先生」と呼ばないと怒る人がいたからなのかもしれないが(憶測)、実はこれがとても「便利」なのである。
年長者も年少者も、教授も非常出講師も「○○先生」だから、地位とか年齢を気にしなくてよい(助教[かつての助手]を先生と呼ぶかどうかは微妙なところがあるが)。
きわめつけが、名前を冠さない単なる「先生」。目の前にいる相手に「先生もいかがですか」とか、後姿に対して「先生、すみません」とか。安心して使える「2人称代名詞」なのである(ただし、生徒に対して自分を「先生は」と言うのは、小学校低学年までにして欲しい)。
非常勤講師になって「高橋先生」と呼ばれるようになったのは当然(「敬って」は不要だし)として、約1年がすぎた今、自分でも他の先生のことを「○○先生」と呼ぶようになってしまった。だって便利だから。
The comments to this entry are closed.
Comments