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2011.04.20

5周年、みんなに感謝

今日(4月20日)で、勤めをやめてフリーになってからちょうど5年がすぎた。

最近は、TwitterやFacebookに書くことが多いのだけど、なぜかこれはmixiとブログにまず書きたかった。

「もう5年」もたったのか、と思う反面、「たった5年前」に自分が毎日通勤してサラリーマンをやっていたことが信じられない。

この5年間いろいろあったけど・・・といっても、その「いろいろ」が「いいこと」ばかりであることに驚く。

いや、もしかしたら、それなりに「嫌なこと」もあったのかもしれないけど、そう感じなくなっているのかもしれない。

「いいこと」はすべて、「人」を通じて得たもの。この5年間で、それまでの52年間で得た何倍もの人の繋がりを得た。といっても、それ以前からの繋がりが基礎になっていたことは間違いありません。あまり人脈が多い方ではなかったけれども、その脈が太くなりさらに枝分かれしていくのを感じます。

さあ、今日は震災で始業が2週間ほぼ遅れた農大の初講義に行ってきます。今年で3年目になるけれども、それも3年前には思いもよらなかったこと。


あらためて、みなさんに感謝!

April 20, 2011 at 09:02 AM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (2) | TrackBack (0)

2011.04.17

9.11テロ時のジュリアーニ市長スピーチと自粛

9.11テロのあと、ニューヨークのジュリアーニ市長が話したスピーチが、今の日本にもあてはまるのではないか、というような話があります。

今朝(4 /17)の東京新聞で木村太郎氏がこのことを詳しく分析していました。

キーワードで検索してもなかなか原文にたどりつけなかったが、どうやら国連総会の長いスピーチの最後に話した部分らしいとのこと。

僕も検索してみたけれども、確かになかなか見つからない。「原文がない」という書き込みはたくさんあるけど。それならと、"giuliani united nations speech" で探したらすぐに見つかった。木村さんの記事に「国連で」と書いてあった空こそ。そうそう、「ジュリアーニ」はJuliani あたりかと思っていたら Giuliani なのね。

スピーチ全文は複数のサイトにありましたが、ここにはビデオとテキストがあります。
http://www.americanrhetoric.com/speeches/rudygiuliani911unitednations.htm

関係ありそうなのはこのあたり。

For individuals, the most effective course of action they can take to aid our recovery is to be determined to go ahead with their lives. We can't let terrorists change the way we live. Otherwise, they will have succeeded. In some ways, the resilience of life in New York City is the ultimate sign of defiance to terrorists. We call ourselves the capital of the world in large part because we're the most diverse city in the world. And we're the home of the United Nations. So that spirit of unity, amid all our diversity, has never, ever been stronger.

On Saturday night, I walked through Times Square. It was crowded; it was bright; it was lively. Thousands of people were visiting from all parts of the United States and all parts of the world. And many of them came up to me and they shook my hand and patted me on the back and said, "We're here because we want to show our support for the city of New York."

And that's why there's never been a better time to come to New York City. I say to people across the country and around the world: If you were planning to come to New York sometime in the future, come here now. Come to enjoy our thousands of restaurants, the museums and sporting events and shopping and Broadway; but also come to take a stand against terrorism.


「いつかニューヨークに行こうと思っていた各地各国のひとは、今こそ来てほしい。それがテロに立ち向かうことにもなる」というような話です。

いまの「過度の自粛で経済活動を停滞させてはいけない」という話と、確かにつながります。でも、細かいことをいえば、ニューヨークの話は、日本でいえば「被災地の野菜を食べよう、観光に行こう」という話であって、東京で飲み食いしてお金を使おう」という話とはちょっと違います。別に自粛をやめようということではなくて、「今は行くのをやめておこう」と思いがちな人たちに「むしろ今こそぜひ来てほしい」とラブコールを送っているようです。そもそも、そういうときの「自粛」そのものがあるのかどうか。

だから、「被災地を気遣って自粛するのはやめよう」という話の引き合いに出すのは実はちょっと違うかもしれません。

ジュリアーニさんの言葉に倣うとしたら、「今こそ東北の製品を買いましょう」とか「(すこしでも復興したら)観光に訪れてください」ということでしょうか。もちろん、それ以前に「放射能を〈不当に〉恐れない」ことが重要ですが。

April 17, 2011 at 11:21 AM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.04.14

数理倫理学序説

原発事故のことを考えていて、以前読んだ話を思い出した。うろ覚えだったのだが「確率的倫理学」というようなタイトルだと思ってGoogleに託したところ「数理倫理学序説」だったから、当たらずとも遠からずであった。

これは「第三 物理の散歩道」(ロゲルギスト著)に収められている一文で、書いたのはロゲルギストK2こと木下是雄さん。超ロングセラーの『理科系の作文技術』(中公新書)の著者でもあります。

「数理倫理学序説」で木下さんは、学生時代の倫理や道徳の授業は全く役にたたない、《・・ぜひ教えるべきものは、統計や確率にもとづいてものごとを判断する仕方であろう。私の考えでは、確率は、人間の行動をきめる上の大切な基準の一つとして、数学で教えるよりも先に、まず倫理学や社会科でとりあげるべき題材なのである。》と言っています。

久しぶりに読んでみて、あまりにも共感する部分が多くて驚きました。そして、これは読み直すまで覚えていなかったけれど、原子力の話が出てきます。そのまま適用できるわけではありませんが、今考えさせられることがたくさん書かれています。

以下、長くなりますが何ヵ所か引用します。言うまでもありませんが、私の引用や要約だけでなく、全文を読むことを強くおすすめします。幸運なことに、久しく絶版だった『物理の散歩道』シリーズが、昨年「ロゲルギスト50周年」を記念して、復刊したのです。岩波書店版の全5巻は同じ岩波から、中央公論社の「新・物理の散歩道」全5巻は、ちくま学芸文庫として刊行されています。

〈前略〉ここ二、三年のあいだに大きな鉱山事故がいくつかあった。鉱山の作業に附随する危険を絶無(確率ゼロ)にすることは、客観的に見て不可能である。それでは、作業方式の改良、保安設備の充実などによって坑内作業の危険率をどれだけにおさえれば、労働者を坑内に送ることが倫理的に正当化されるか。

問題の本質は、危険率ゼロという条件は〈実現できない〉という点にある。この事質から面をそむけてはいけない。ゼロを目標とすることは、たいへん美しく、人道主義的なように聞こえる。しかしそれは、感傷を満足させるだけで、内実は狡猾な逃げ道であることが多い。すべての鉱山経営者は、事故の「根絶」を期していると答えるであろ! ゼロという空想的目標の代わりに、許し得る危険率の上限が定められ、その鉱山における統計に照らして倫理的(*)ないし法的な責任がきびしく追求されることになれば、保安に対する関心はかえって切実なものとたらざるを得ないのである。
【* 統計との照合は、もちろん、統計数値の確率的変動を考慮に入れた数理統計学の方法論にしたがわなければならない(第五節参照)。】

いま述べた型の問題は、私たち自然科学者や工学者にも無縁ではない。すべての進歩はいくらかの危険をともなうのが原則である。何年か前に、原子炉の研究、あるいは原子炉を利用する研究に附随する危険が社会の関心を呼んだことは読者の記憶に新たであろう。その危険が一般に感じられていたよりもずっと小さいことは保証してもいいように思うが、とにかくゼロでないこと、また数学的な意味で厳密にゼロにはできるはずがないことは明らかだ。しかし、最も実用的な面だけをみても、地球上の石油と天然ガスを使い果たすのが約百年後という見通しのたっている現在(*)、最も可能性の高い未来エネルギー源の一つの開発を進めないわけにはゆかないのである。原子炉の研究・開発の作業は、周囲に及ぼすかもしれない危険をどれだけにおさえれば、倫理的に是認され、研究者の心にかげりを残さないですむようになるのか。
【* 押田勇雄著『太陽エネルギー』(日刊工業新聞社、一九六三)参照】
メインが鉱山の話で、原子力が「未来のエネルギー」という感じなのが時代を感じさせる。書かれたのは1963年(東海村の第1号原子炉が「初臨界(そんな表現があるんだ)」に達したのが1965年5月4日)。

とにかく危険はゼロにはできない、ゼロを目標にするのは「狡猾な逃げ道」であることが多い、というところがポイント。

エミール・ボレル『確率と生活』(平野次郎訳、白水社、一九五二)
第三章「無視できる諸確率および実生活における諸確率」より

個人的尺度において無視できる確率 10-6
地上的尺度において無視できる確率 10-15
宇宙的尺度において無視できる確率 10-50

ところで、10^-6すなわち百万分の一という数字は、たまたま、大都会において市民が一日のうちに致命的な交通事故にあう確率とほぼ一致している。
〈略〉
ところで、私などもふくめて大都会の住民は、自分もいつかは交通事故にあうかもしれないという可能性を十分認識している。しかし、だからといって、朝、うちを出るときに、今日はやられはしないかと頭を悩ませたりはしない。10-6という確率の人生における重さはちょうどそれくらいのものなのだ。
別の例を引用すると、宝くじで高額の賞金を引きあてる確率がほぼ10-6である。宝くじ当せんを将来の生活設計に組みこむのは、毎朝、今日は自動車にはねられはしないかと出渋るのとちょうど同じぐらいばかげている(娯楽としての宝くじの存在を否定しているのではない。宝くじを生活設計の要素として扱うのは愚の骨頂というだけである。その間の機微が、確率をまず社会科あるいは倫理の教材としてとりあげるべきゆえんなのだ)。
本題からは少しそれるけれども、「娯楽」としての宝くじは別だよと言っているのも面白い。木下さんご本人が買うとは思わないけど。

ここまでに登場してきた10-6とか10-15とかいう確率は、私たちがしょっちゅう遭遇する確率 ― 誰々を相手にマージャンで勝つ確率とか、停留所で待たないでバスに乗れる確率とか ― にくらべておそろしく小さくて、10-6は「あり得ない」にかなり近く、10-50は「まったくあり得ない」に等しい。しかし、人が或ることをしてよろしいかどうかの倫理の立場に立つと、これぐらいの確率が許容し得る上限とて採用される場合も少なくないように思われる。

たとえば、放射能障害のように子々孫々にわたって影響の残る可能性のある問題では、先に「地上的尺度において無視できる確率」の項でこころみたのと同様の考え方にもとづいて、危険率の許容限度をうんと小さくとらなければなるまい。しかし、この許容限度には、ゼロでない、有限の値を与えねばならぬ。もしそれをゼロにとったとしたら ― つまり、放射能障害の考えられるような実験や産業はいっさい許さないとしたら ― 私たちの前途は甚だ暗いものになるだろう。前述のように、石油資源の枯渇は目に見えているのだ。

放射能のことはどうしても気になっていたようだ。「子々孫々にわたって」というくだりは、少なくとも今となっては違っている可能性が高いけれども、「恐怖度が高い」という意味では本論に影響していない。

最後に自動者事故等で、責任を「偶然に転嫁する」という考え方。

本節の所論を要約してみると、
1 事故を起こした場合に第一に補償の責めを負うべきものは、当然、その本人である
2 しかし必要な補償額は、ふつう、個人の支払い能力を超えるだろう
3 社会は、或る危険率の存在をみとめた上で彼に運転を許したのだから、彼は責任の一端の「偶然」に転嫁してよい。そのことを可能にするために、社会は保険制度を用意しなければならない。これは「偶然」に帰せられるべき責任額を関係者 ― すへての車の持主 ― が分担するという方式である。
4 もし保険の形で関係者全員が分担しても必要な補償金を生みだし得ないならば、そのときには、その行為 ― 運転という危険な行為 ― を公認した社会の全員が残額を負担するほかない

というようなことになろう。これが、「偶然に責任を転嫁する」という思想を現実的に裏打ちする場合の基本的なやり方だと思われる。

たとえば原子力関係の研究にともなって生じ得る公害のような場合には、個人の責任は問いないケースが多いし、「関係者全員」が加入する保険制度も考えられないから、以上の要約の1、2、3、はとばしていきなり4にくるほかない。つまり、補償金は全額国庫支出、国民全部の分担とする以外に解決策はないだろう。そうなると、或る危険の確率をはらんだその事業をすることが「善い」ことかどうかを判定する数理倫理学者の責務は一層重大になる。

私は、本稿で述べた考え方が、多くの自然科学者にとって余り抵抗なく受け入れられるものであること、おそらく彼らの胸中に潜在するものを描きだしたに過ぎないことを信じる。しかし、それ以外の方々にとってはかなり根本的な意味で目新しいものがあるかも知れない。むしろそういう方々の協力によって、しかじかの目的をもち、しかじかの結果を期待できる行為をなすことは「倫理的に正しい」と断じ、その目的と期待される結果とに応じて危険率の許容限度を論じることのできるような思想体系 ― 一つの新しい倫理学 ― が建設されることが、私のねがいである。(K2
初出『自然』(1965年10月号)、改訂『中央公論』(1966年3月号)

April 14, 2011 at 06:04 PM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.04.12

古い金券

大昔の商品券をずっと放置してあったので、引っぱりだしてみました。

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三越の商品券。額面は1万円だけど、使った分が切り取られていて残りは1500円。いつのだかわからないけど、まあこれは使えるでしょう。価値はおそらく10分の1以下だろうけど。

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これは東芝の商品券。未使用。同じようなので5000円のが2枚あるはず。こちらも会社は健在なので使えるだろうとは思うけど、「当社売店販売の商品」と引き換えると書いてあるその「売店」が存在するかどうかは不明。銀座や上野にあったようだけど。いずれ問い合わせてみるつもり。昭和40年、1965年。

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丸善の商品券、何と3万円也、ただし残りは4000円。どういう経緯かわからないけど、それなりに昔に3万円というのはかなり大きい。丸の内本店でいきなり使ってみよう。

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これは困った。ずっと新しいものだけど、何しろ額面が書いてない。「紳士用品」って・・・。
果たして裏面を見ると、

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「お引換は6ヵ月以内」だって。発行日書いてないけど。どんな商品だったのだろうか。

そしてラストはこれ。

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これも結構新しい。500円だけど何枚かある。「寿」が気になる。使用期限はいつたろうか。

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はははは。何だったんでしょうね、これ。商品券で買い物したお釣りとか。

April 12, 2011 at 05:57 PM | | Comments (0) | TrackBack (0)

夏時間と時差

どちらも時間の話で、どちらもアメリカでの出来ごとだけど話は別ね。

1984年8月にカリフォルニア州サンノゼに駐在して間もない頃、夏時間の洗礼を受けました。といっても、おそらく被害は極小。

同僚が住んでいた大型アパート(何棟もある団地みたいなやつ)で「無料サンデーブランチ」があるというので、みんなで行ったのですが、いつまでたってもドアが開かない。もうタネが明かされていますが、その日から夏時間だったので時計が1時間早まっていたのでした。

切り替わる時期は今と違うと思うけど、たしか「9月最初の日曜日早朝」でした。必ず日曜のそれも早朝にするのは、何かとトラブルが起きにくいようにでしょう。冬にはこの逆があります。たぶんその方がアブナい。日本から出張に来ていた人が朝飛行機に乗るのに、ちょうど切り替えの日だったので乗り遅れそうになったことがあったけど、それは夏→冬の切り替えに決まっているわけだ。

ところで、夏時間はサマータイムと言うこともあるけど、アメリカでは daylight saving (time)といいます。お日さまを大切に使うってことですね。summer timeと言っても通じなくてアセったことがあります。でも、和製英語というわけではなくて、イギリスでは summer timeと言うらしい。アメリカでもぼくの知らないところでは言うかもしれません。

時差は、時には「日差」になります。

日本から出張に来る、という人と国際電話で話していて、サンフランシスコ空港にリムジン(ハイヤー)を迎えによこしてほしいという依頼がありました。
信夫:「いつですか?」
日本:「明日の11時です。」
というので、翌日11時にリムジンを予約したのだけど、こっちとあっちとでは「明日」が違ったので・・・

と、ここまで書いたのだけど真相がよくわからなくなった。
・日本にいる出張者が「明日」なんて言うだろうか。出発同日にアメリカに着くことはよく知られているのに
・リムジンが来ていなかったのか、人が来なかったのか覚えていないけど、時差の向きから考えると後者であって、リムジンをスッポかしたんだろうな。

たぶん「明日」と言われたわけではなくて、例えば

日本が火曜の朝 アメリカが月曜の夕方 という時に電話をして、
「今日の夕方の日本をたちます。サンフランシスコには11時に着きます」
と言ったとする。それを聞いたアメリカのぼくが「明日の11時のリムジン」を予約してしまったのだな、きっと。あれ、それならいいのか、火曜の11時には本当に着いているのだから。なんだかわからなくなったけど、とにかく行き違いがあって失敗しました。

もっとも、「日差」問題で聞いた話で一番すごかったのは、ある上司の新婚旅行の話。
当時日本からハワイに行く便には「前日」に着くのがあったのだそうです。そのことを忘れたか知らなかったその人は、ハワイ初日の宿を予約していなかったんですね。そりゃそうだ。例えば4月12日出版の旅行で、4月11日夜の宿はふつう取らない。 まあ、何とかなったそうですが、新婚早々新妻にかっこ悪いところを見せてしまったとのこと。

April 12, 2011 at 04:16 PM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.04.10

マーク・ザッカーバーグのアクション・フィギュアが来た!

 

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これは、フェイスブックの創設者、マーク・ザッカーバーグのアクション・フィギュア。

TechCrunch Japan
マーク・ザッカーバーグのアクション・フィギュア発売―購入希望者はFacebookに訴えられる前に急げ」(2011/3/9)

という記事が出て、翻訳した滑川さんもぼくもすぐに1体注文。
しかし、翌々日が震災で、発売元から「日本には配達できないかもしれないので止めている」とのメールが来る。

そして、3月16日には、
Facebook、マーク・ザッカーバーグのアクションフィギュアに販売停止勧告

「ああ惜しかった」

しかし、最近になって「届きましたよ」というコメントあり。そして、今日届いた次第。

フェイスブック本で大変お世話になっているザッカーバーグさまのフィギュア、大切にとっておきます。

April 10, 2011 at 06:10 PM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (0) | TrackBack (0)

今年の新宿御苑の花見はいつもと違った

恒例、新宿御苑の花見に行ってきました。いつもは弁当を買ったり作ったりして、桜の下で一杯やりながら(といっても妻と二人ですから静かに)見るのですが、今年は「飲食なし」と決めていました。

混雑が予想される新宿門を避けて、千駄ヶ谷門へ。ドコモビルの横を通り明治通りを渡って直進すると御苑の塀に突き止たります。「たしかここからも入れたのでは」と話していたのですが、行ってみたら「非常時のみ開く」とのこと。娘が幼稚園の頃、先生に連れられてここから入ったような気がしたけど記憶違いだったか、その後変わったのか。考えてみると入園料をとるから、そうそうあちこちに入口は作れない。

関係ないけど、ふと近くを見るとこんな建物が・・・

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地震の影響もあるだろうけど、アパートの方はもう何年も放置されている感じ。

そして千駄ヶ谷門についてびっくり。なんと「手荷物検査」をやっているのです。御苑は前から「アルコール持ち込み禁止」で、毎年マイクで呼びかけているのですが、実際には多くの人がアルコールを飲んでいます。入り口でも検査はしないし、中でも注意されるわけではないから。

ところが、今年はかなり厳重にチェックされるのです(入った時に写真を撮りそこねたので、下の写真は帰りに新宿門で撮ったもの)。

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持ってきてしまった人は、かなりアセったと思う。野球場では紙コップに移せばいいという話を聞いたことがあるけど、ここではそうもいかないだろうし、「機長預り」もしてくれないし、その場で捨てるわけにもいかない。妻の話によると「その場で飲んでいた」人もいたとか。

ブルーシートを敷いて食べている人たちを見ても、ビールやお酒はちょっと見たところ見当たりません。

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この写真の人は、おそらく「先発隊」だろうから、もしここへ来るまで事情を知らなかったとすれば、後発隊にあわてて連絡して対策を練っていることでしょう。

ともあれ、とても良い傾向です。去年まで何度も違反しておいて言うのもなんですが、「アルコール禁止」としていながら、実際には放置されているというのはよろしくない。今年は震災と石原発言による「自粛」ムードで、こうなったのかもしれないけど、検査をしないとなかなか守られませんからね。

わが家は別に自粛したわけでも「ルールを守ろう」と決意したわけでもなく、単に「今年は簡単に」くらいに思って手ぶらで来たのだけど、塀に貼られたポスターを見ているうちに「来年からもここで飲むのはやめよう」と決心していました。そうしたら、持ち物検査をしていたというタイミングの良さ。おかげで、正々堂々と通過できました。ああよかった。

というわけで、あとはきれいな桜をご覧あれ。

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こうやって桜は、美しい自分を水面に映して見るそうです。

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自然の中からドコモビルが見える景色が気に入っています。

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幹から直接生えてくる力強い花たち。

 

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桜にしては珍しいほど均整のとれた形。

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地震で倒れたと思われる石灯篭。これ以外も殆どが倒れたり壊れたり。

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下から、黄色(やまぶき?)、濃いピンク、ピンク、淡いピンク、さらにその上にはドコモビル。

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巨大なツバキ、白と赤。桜と比べるとどうも美しさに欠けると、失礼ながら感じてしまうのは、花びらだけでなく花ごと落ちた姿のせいなのか。ツバキファンの方々ごめんなさい。

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今年のお気に入りは花海棠(ハナカイドウ)。ちょっと色がドギツイかもしれないけど、淡い桜の中で良いアクセント。

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東京に2本しかないと言われる「楊貴妃」という桜。右の写真、わかりにくいけど「逆くの字」のように曲った先の方に花が咲いています。

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新宿門近くの広場は例年なみの人出でした。みんな手に袋をぶらさげているけど中身は何だろう。

来年は孫を連れてきます。

April 10, 2011 at 05:21 PM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (2) | TrackBack (0)

2011.04.02

もし私が東電の社長だったら

タイトルの「私」というのはこのブログ主(高橋信夫)のことではありません。東京の中学校で先生をしている知人の中一夫(なか かずお)さんが、今般の東電の対応に疑問をもち、批判だけでなく対案を出さなくてはという思いで書いたのが、下に紹介する文章です。

ごく内輪の人たちに配られたもので、ご本人は広く公開することをためらっていましたが、とても興味深く、是非多くの方々に読んでもらいたくてここに紹介させてもらうことにしました。東電や政府の対応のまずさを批判する文章はよくありますが、具体的な発表文を書いたのは珍らしいのではないでしょうか。

なお、元の文書は「被災地から遠く離れて……いま思うこと(4)」と題したファイルで、以下の引用部分はその一部です。

実は元の文章で中さんは、福島原発の現場で命をかけて働いている人たちに対する、感謝と声援をたくさん述べています。ほんの一部だけですが引用しておきます。

ですから,この事故が起こってからずっと,命をかけての作業をしている人たちに,心の中で感謝と声援を送り続けてきました。「放射能被害が出るとしたら,現場で作業している人だけだ」と思うからです。混乱や疲れがたまった状況では,ミスが避けられません。それにまわりからの批判が加わると,精神的にも疲れは倍増するでしょう。いまは,これだけ困難な仕事をつづけ,成果をあげてくださっている人たちに,その仕事を認め,応援することがいま最も必要とされているのではないかと思えて仕方ありません。そう思い,ホームページから応援のメッセージを送ったりもしています。

私がこの「社長会見案」を取り上げることで、「東電批判」が目立ってしまうことがないよう願っています。。

「こういう説明はかえってパニックをまねいてしまうかも」という心配もします。だから,自信があるわけではないのですが,「どういう説明をされたら納得して,安心して対処できるか」を考える,一つの参考例として読んでみていただけたらと思います。

と、中さんも書いているとおり、「こんなやり方もあるかもしれない」という参考に読んでいただければ幸いです。

もし私が東電の社長だったら ― 最初の会見 ―

中 一夫
2011.3.28

今回の大地震・津波の被害を大きく受け,福島第一原子力発電所で重大な事故が起こっております。〈絶対に地域のみなさんの安全を守る〉という観点から,最悪の事態を想定した対処を行いたいと思います。今後予想される最悪の事態を防ぐために,一定地域の方々の避難などをお願いせざるを得ません。そのことについて説明をさせていただき,ご協力をお願いしたいと思います。

 〈最悪の事態〉というと,みなさんチェルノブイリ原発事故のような大災害を心配されると思いますが,チェルノブイリとは事情が違います。チェルノブイリ原発事故では,さまざまな原因で原子炉の核分裂反応が制御できなくなり,原子炉のふたそのものが爆発で吹き飛び,大量の放射性物質が放出されました。しかも,公表も地域住民の避難なども大幅に遅れ,放射能汚染が拡大してしまいました。

 今回,福島の原発では,6つの原子炉のうち3つが定期点検中で,稼働していた原子炉は半分の3つでした。稼働していた原子炉も,地震により自動的に制御棒が挿入されたので,原子炉での核分裂の連鎖反応は止まってきています。ですから,チェルノブイリのような状態ではありません。 

 けれども,福島第一原発では,今回の津波で大きな被害を受けてしまいました。建物そのものが壊れるということはありませんでしたが,補助電源を含めすべての電源機能が止まった状態にあります。水道も止まっています。そのため,原子炉を冷やすための冷却水の注入ができない状態にあります。制御棒が入っていても,低いレベルでも核分裂は続いていますから,稼働していた炉も,そうでなかった炉も,徐々に温度が上がってきています。それを冷却するために水を入れないといけないのですが,電源が止まっていて,冷やせない状態になってしまっています。

 このままでは,原子炉内の温度が上がり,今後,発生した水素による爆発などが起こる可能性があります。それにより建物が損傷する危険性や原子炉が一部破損する危険性があります。また,温度が上がることにより,原子炉内の燃料棒が溶けだし,原子炉の底の部分に穴が開くという事態も考えられます。いずれも,中の放射性物質が外部に漏れだす危険性が出てきます。それで一定地域の方々の一時移動をお願いしたいと思うのです。

 これは最悪の事態を想定した場合の対処です。避難していただく区域も,最悪を考えての範囲です。それ以外まで被害が広がるとは考えられません。避難をしていただく地域のみなさんが早くもどって普通に生活できるように,全力で対処したいと思います。

 放射性物質がどれだけ漏れて,どれだけ地域を汚染してしまうことになるかは,それぞれの原子炉をどう制御するかによります。それはひとえに「いかに冷却するか」にかかっています。そのため,電源の回復を急ピッチで進めていますし,さまざまな手段での冷却の方法を試みている状態です。

 さらに,福島原発をはじめ,東京電力管内での発電量が大幅に減少しており,長期にわたって回復が難しい状況です。今後,関東全域での使用電力制限などにご協力を願わざるを得ません。今回の地震・津波での被害はそれぐらい甚大です。ですから,原発事故の現場だけでなく,管内全体での電力調整その他でも,困難な仕事が山積しています。

 過去の原発事故の例では,いずれも一つの原子炉だけが問題だったのですが,今回の事故は6つの原子炉すべてで冷却に対処しなければなりません。さまざまな悪条件の下で精いっぱいの対処をしていかなければなりません。この事態への対処には多くの力も必要です。他の電力会社の原発関係者の協力も求めますし,政府や自衛隊などへの援助もお願いせざるを得ません。現場にかかわる人々には,危険な中での作業をお願いすることになります。それらの人たちの安全に十分に気をつけながら,必死の努力をしていきたいと思います。

 いくら想定外の大津波が原因とはいえ,「安全だ」と主張していた私どもの原発でこのような大きな事故が起こってしまったのですから,責任は我々にあります。移動をお願いする地域の方々はもちろんのこと,日本だけでなく世界にも大きな心配とご迷惑をおかけしていることを本当に申し訳なく思います。その責任は,原子炉が落ち着いた段階ではっきりさせ,しっかりとっていきます。けれども,いまはこの事態を収めることに全力をあげていきたいと思います。また,可能な限りそのときそのときの状況をお伝えしながらすすめていきます。多大のご不便をおかけして,不安を与えていることを心からお詫びするとともに,ご協力を心からお願いいたします。

【引用・高橋信夫】

April 2, 2011 at 11:45 PM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (0) | TrackBack (0)

2011.04.01

放射能の少ない水

大学院生だった頃、「放射能の少ない水」を汲みに行ったことがあります。

研究室の先生は放射体化学が専門で、炭素14による年代測定で有名でした。その測定の際に木材などに含まれる炭素を取り出して最終的にはアセチレン(C2H2)にします。ここに含まれる「H(水素)」には一定の割合でトリチウム(T)という水素の放射性同位元素が含まれています。ごく微量なうえ放射線量も少ないので通常は気にしませんが、ごく微量のC14の放射線を測る場合には邪魔になります。水(H2O)の中の水素にも同じようにトリチウムが含まれています。

というわけで「トリチウムを含まない水」というものが必要になります。どこにあるかといえば、深い地下水など長い間宇宙線に曝されていない水が「トリチウムフリー」な水だそうです。

何年かに一度汲みに行くのでどこにそういう水(井戸)があるかわかっていて、たしか横浜あたりの工場に行きました。レンタカー屋で2トントラックを借りて、なぜか大型免許を持っていたぼくが運転しました(2トン車はもちろん普通免許でOK)。

行った場所は工場敷地内のプールのようなところで、大きな消火栓のような取水栓からその貴重な水があふれんばかりに出てきます。結構な時間をかけてポリタンク100個ほどに詰め無事持ち帰りました。

ちなみにその工場は別に「トリチウムフリーの水」が使いたくて使っているわけではありません。たまたまそういう地下水を使っていただけです。でも、ちょっと面白い(と当時ぼくが思った)ことがありました。

上に書いたように、そもそもその水を汲むのはトリチウムを含まないアセチレンを作るためです。

アセチレンランプをご存じの方はわかるかもしれませんが、「カーバイド」に水をかけるとアセチレンが発生します。普通カーバイドというのはカルシウムカーバイド(Ca2C2)ですが、研究室で使うのはリチウムカーバイド(Li2C2)を使います。これに水をかけると、やはりアセチレンができます。

このリチウムカーバイドにかける水として「トリチウムフリー」の水を使うと、「トリチウムを含まないアセチレン」が出来あがります。これが最終目的物です。

ところで汲みに行った工場ではいろいろな気体(たぶん二酸化炭素とか窒素とか)を作っていて、アセチレンも作っていました。工場でアセチレンを作る時はカルシウムカーバイドに水をかけます。その水はそこにふんだんにある「トリチウムフリーの水」です。だから、この工場で作られるアセチレンは「トリチウムフリー」なのです。もちろん、このアセチレン製品にとって何の意味もありませんが、研究室で苦労して作る「トリチウムフリーのアセチレン」が毎日大量にあたり前に作られていると思うと、楽しくなりました。

ちなみに研究室で使うアセチレンの「C」の部分が肝心の測定対象の炭素なので、いくらトリチウムフリーでも、工場で作られたアセチレンを使うわけにはいきません。

このところ強い放射能の話ばかりを読んでいて、ふと思い出したので30年ほど前のことを書いてみました。その工場で作られるアセチレンが「トリチウムフリー」というのが、ぼくはすごく面白いと思ったのですが、実は当時もまるでウケませんでした。放射体化学の研究室だったのに。だから、ここでウケることはもちろん期待していません。ただ、忘れないうちに書いておきたかっただけです。

April 1, 2011 at 03:50 PM in 日記・コラム・つぶやき | | Comments (0) | TrackBack (0)